[映画/ドローン・オブ・ウォー]撃墜されても死なない。ゲームのような戦争・・・

無人航空機(UAV)のパイロットという、今までにない設定で描かれる戦争映画「ドローン・オブ・ウォー」

そこには戦争映画に欠かすことのない「轟音」も「爆炎」も「叫び声」もありません。そのすべてはモニタの向こう側にだけ存在しているという・・。

ドローン・オブ・ウォー
(原題:Good Kill)


2014年 アメリカ

主なキャスト:

イーサン・ホーク
ブルース・グリーンウッド
ゾーイ・クラヴィッツ
ジャニュアリー・ジョーンズ

監督:アンドリュー・ニコル
脚本:アンドリュー・ニコル

ネタバレ無しのあらすじ

主人公のトーマス(イーサン・ホーク)は空軍パイロットとして、テロリスト掃討作戦に貢献していた。

しかし彼がいるのは戦地ではなく、ラスベガス。

エアコンの効いた部屋で飲み物を片手に監視し、モニタ越しに現地の敵の命を奪う。爆炎も死人も、全てモニタの中の出来事。

撃墜されたとしても命に危険もない「現実味のない戦場」と自宅の往復を繰り返すうちに、F16のパイロットとして戦地での経験が長いトーマスは日に日に精神を病んでいく・・。

・・・といった内容の作品。

まるでゲームのような戦争

日々ゲームも進化し、まるで現実のようなリアルな映像でプレイできるようになってきました。

「ゲーム」が、より「現実の戦争」へと近づこうとしている現代、同時に「現実の戦争」のほうが「ゲーム」へと近づいてきている、という・・・なんとも複雑な現象がおこっています。

実際にアメリカでは「X-box」(マイクロソフト社製ゲーム機)のコントローラで操作する兵器が次々に開発されているそうな。

なんでも「現代っ子はゲームのコントローラで操作するのに慣れてるから、ヘンに複雑なコントロール装置よりも、そっちのほうが飲み込みが早い」って事らしいです。

たしかに、子供の頃から慣れ親しんだコントローラでのほうが直感的に操作するには適していると思いますが・・・「現実」と「ゲーム」の区別がつかないような人間が増えてきている昨今、どうも複雑な気分です。

ちょっと復活してきたイーサン・ホーク

かつては「親しみやすいイケメン俳優」として日本でも人気があったイーサン・ホークですが、一時期は「人生に迷っている感」がぷんぷん漂っていました。

私はイーサン大好きなので、作品は全て追っているのですが・・なんというか、哀愁が漂うというか・・・そんな「空回りの悲壮感」を感じるなぁ・・と。

後ほど本人の口からも「一時期ほんとヤバかった」的な発言があり「映画/シーモアさんと、大人のための人生入門」で何かが見えてきたそうです。

この「ドローン・オブ・ウォー」でもところどころ哀愁は漂いますが、むしろ味があると感じられるくらいに復活してきた気します。良かった・・・。

ここからネタバレを含むよ!

安全=楽、ではない戦争

この作品で描かれているような「安全なアメリカにいながら、地球の反対側の無人機を操作して戦争をする」「終わったら毎日自宅に帰る」という従軍スタイルは、実際にアメリカで行われています。

一見安全で良いじゃないか、と思える環境ですが「戦争で人を殺し、その日の夕方には子供のサッカーを応援しに行く」という、あまりにもかけ離れた生活の融合に、精神を病む兵士が急増しているそうです。

統計によると、実際に戦地で戦う兵士よりも、無人戦闘機の操縦者のほうがPTSD(心的外傷後ストレス障害)の発症が多いそうな。

そしてそれは単純に「戦争と日常の混在」によるものだけではないようです。

作品の中で、トーマス達はCIAの指揮下で作戦に従事する事になります。そして明らかに「正しい」とは思えない、ただの「殺人」とも思えるような殺戮を強いられる。

「人を殺す」という事の直接的な操作を、顔も知らないどこかの誰かの判断で行わなければならない・・というが、精神に負担をかけるようです。

まるで「会った事もないお偉いさんの意向で、正しいとは思えない行動を強要され続ける」という・・・どこかのブラック企業のような状況です。

戦争

そもそも戦争に「正しい」も「正しくない」もありません。

「正義の戦争!」なんていうのは、どちらか一方的なモノの見方にすぎません。

道徳観や倫理観で照らし合わせてしまえば、すべての戦争は「悪」を孕みます。

おそらくトーマスは、人の命を奪うという「正しくない行為」に対して、自らの命も危険に晒す事で、心に折り合いをつけていたのでしょう。

「殺らなきゃ、こっちが殺られる」なんて安っぽいセリフですが、実際そういう状況での人殺しと、安全な位置からの一方的な人殺しは意味合いが違ってきます。

この映画で描かれているような、これまでとは違う、新しいスタイルの戦争。

戦争大国アメリカが到達したその形は、いずれ他の国々にとっても現実となるのでしょう。

戦争も、仕事も、人間関係も・・・・いつの頃からか全てが「精神を病む」という症状を伴うようになってきました。いったい人間社会はどこへ向かおうとしているのでしょう・・・。

ここから低レベルな戯言に突入するよ!

どれですか?どれですか?

CIAの「トラックを撃て」という指示に対し、小技を使ってごまかしておきながら「どれですかー?どのトラックっすかー?」とすっとぼけるトーマス。

しつこいくらいに「どれですか?ねぇねぇー、どれなのってばー」とCIAをイジリ倒す姿は、隣のスアレスも笑ってしまうほど。

しかしその後「クリスティと代われ」と言われ、中佐に外へ呼ばれる際のトーマスの顔が・・・「え・・・もしかして・・・バレた・・・の??」みたいな表情で(笑)

ベタな俳優であれば「覚悟のうえでやった事」みたいな、全てを悟った表情をするのでしょうが・・・イーサン・ホークのこの表情は実に良かったです。

「あんだけわざとらしくやっといて、バレないと思ってたんかー!」とツッコミたくなります(笑)

ひでぇな、奥さん

そんなすっとぼけプレイで監視業務に格下げになったトーマス。戦闘機乗りに戻る願いも、もう夢と散ってしまいました。

彼としては何かが吹っ切れたのでしょう。これまでのグダグダを奥さんに謝り、やり直そうと電話しますが・・・・時すでに遅し!

たしかに奥さんの気持ちもわかるんです。自分には何も言わず、勝手に一人で抱えてグダグダしているトーマスに愛想が尽きてくるのも。

しかしその少し前に「ああ、ついにトーマスが過酷な任務の内容を打ち明けて、奥さんと和解したな・・」ってな雰囲気の流れがあったじゃないですか。

ちょっとひどくない!?「もう今更遅いのよ」って事!?そりゃないよ!

そしてその奥さん役のジャニュアリー・ジョーンズ、不自然なまでに露出が少なく、ベッドシーンでも着衣のままって・・・そりゃないよ!

・・という事で、乗り換えましょう!

しかしラストでトーマスはリノへ向かいます。ただ単に子供を迎えに行った・・というのではなく、やはり奥さんの元へと向かったのでしょう。

もうね、無理だよたぶん。仮に一時的にどうにかなったとしても、あの奥さんじゃ結局続かんて。

もうあっちの「元部下」に乗り換えようよ。みんなで飲みに行った時の姿は、任務中とはもう別人のようにセクシーで魅力的だったじゃないですか、もったいない!

私だったら、もう喜んでそっちに乗り換えるけどなぁ。あ、でも子供がいるのか・・・そこは悩む・・・。

・・・と、そんなエキゾチックな魅力あふれるスアレス役のゾーイ・クラヴィッツですが、あの大物歌手「レニー・クラヴィッツ」の娘さんだったんですね。ほほー。

なにはともあれ、従来とは違った視点から描かれた戦争映画として、この作品は面白く観る事ができました。

ちなみにこの映画でトーマス達が操る最新鋭の無人機「MQ-9 リーパー」の価格は・・・

なんと1機1700万ドル!!日本円に換算すると・・・約19億円!?ぷはー!