『不倫する肉体』まるでポルノ映画のようなタイトルで…

今回の1本は…その直球する過ぎるタイトルがインパクト大の『映画/不倫する肉体』です。それはもう期待してしまいそうなタイトルなのですが、残念ながらアメリカ映画的なを期待してはいけません。

エロスを含んだメキシコ映画は「何が言いたかったのか、意味がわからんっ!!」となる作品が多いのですが(『映画/夜のバッファロー』などなど…)、本作品も一筋縄ではいかない奥深さ。

リアルな人間模様とやりきれない現実、その果てにある不毛な性・・・そんな重っ苦しい内容になっていますので、濡れ場のみを期待して鑑賞してしまった男性を何とも言えない気分にさせる作品ですよ。

不倫する肉体
(原題:las oscuras primaveras.)


2014年 メキシコ

主なキャスト:

イレーナ・アスエラ
ホセ・マリア・ヤスピク
セシリア・スアレク

監督:エルネスト・コントレラス
脚本:カルロス・コントレラス

ネタバレ無しのあらすじ

一人息子をもつシングルマザーのピナ(イレーナ・アスエラ)と、妻帯者(子供無し)のイゴール(ホセ・マリア・ヤスピク)。

なにがどういう流れでそうなったのかはわからないものの、ピナとイゴールは惹かれあい、激しく求めあう。

しかしそれぞれ大切な存在がいる身。独身男女のようにヤリたい放題というわけにはいかず、欲望を秘めながらモヤモヤとした関係の日々が続く。

しかし徐々に互いの生活の歯車は狂っていき、たどり着いた先に待っていたのは…

・・・といった内容の作品。

映画の戯言…の前に、まずはちょっとだけ前置きを!

本作の内容に関して…

冒頭でも書きましたが、この映画は「イケナイ情事で人妻を堪能っ!」といった感じに無邪気なノリで楽しめるような作品ではありません。

『不倫』というテーマも単なる興奮要素としてではなく、胸が苦しくなるような生々しい現実問題として描かれており、夫婦間の問題、親子の問題。夫として、母として、妻として。そして一人の人間として…とにかく考えさせられる事が多い作品になっています。

私も妻帯者であり、不倫という行為に関してもアレコレと複雑な経験があります。詳しくは書きませんけど。

そのあたりに関してはイロイロと思うところがありますし、自分なりの意見や信念も持っています。

・・・が、そういった事柄はそれぞれの立場や経験によって価値観・善悪感が大きく違ってくる部分でもありますので…

この映画に関して、不倫や子育てに関する部分はあまり深く触れません(笑)

単純に映画として。そしてバカな戯言を書くにとどめておきます。

ここからネタバレを含むよ!!

興奮の頂点は冒頭

いつからそうだったのか、なぜそうなったのか・・・。そのあたりは描かれていないのでわかりませんが、もうのっけからピナは肉食系なノリでイゴールを誘っています。

その誘い方がもう、たまらないのなんのって。

特に食堂での誘惑。あれはヤバすぎる。なんですか、私も一度でいいからあんな風に誘惑されてみたいですよ。こりゃタイトルに偽り無しの映画ですなぁ

…と、思ったのも束の間。残念ながら興奮要素はそこが最絶頂。その後は延々と重苦しい展開が続く事になるのでした…。

重い…重いよ…

序盤からイゴール夫妻のすれ違いが悲しいなー…、奥さんが可哀そうだなー…とは思っていたのですが、徐々にそのへんがどんどん加速。さらにピナのほうも息子の辛い環境がエスカレートしていき・・・どちらも見ていられない状況に。

イゴールに対してもピナに対しても「なにやってんじゃおまえらっ!もっと一生懸命向き合うべき事柄があるだろっ!」と言いたくなるのですが、悲しい事にどちらの気持ちも理解できる部分があります。…もちろん賛同はできませんけど。

なんなんでしょうね、人間って。

「私は母親でもあるけど、一人の女なの!」
「おまえと結婚はしたが、契約と感情は別の話だろ!」

そんな理屈で自分を正当化する人間はアホみたいに多いですが、結局のところ『自分の気持ち優先で生きたい』というワガママの言い訳に過ぎないと思うんですよね…。

まぁそのへんは深く触れないと言ったので、触れません。

終盤は激しすぎ

あーあ、このままおっぱい1個も出てこないまま鬱なエンドを迎えてしまうのだろうな…と覚悟を決めた方も多いかと思いますが、最後にしっかりとハードなシーンがお待ちかね。

さぁさぁ、期待してじっと我慢していた男性諸君、目を皿のようにして喰いつくのはココですぞ!

もはや映画的な『ラブシーン』や『ベッドシーン』とかいうレベルではなく、上になったり下になったり後ろからだったり前からだったり…

もはや洋モノAVのような映像です(笑)

明らかに子供に見せたらあかんヤツです。家族全員で鑑賞していたならば母さんが急にお茶を淹れに行き、父さんは不自然に新聞を読み始めてしまいます。まぁこの映画を家族で鑑賞する人はいないと思いますけど(笑)

ところがね…その直前に持ってくるのがコピー機とフローラ(イゴールの奥さん)のアレですから…。

真っ裸でウロウロしているピナが嬉しそうな表情になり…あれ?もしかしてイゴール来たの!?ついに思う存分ハッスルできそうな展開になるの!?…と思った矢先のアレですから。

もうこちらにパンツを下ろす隙すら与えてくれない。

ここ、コピー機を運び出した時点で嫌な予感がしましたよね…。そして階段に差し掛かったところで予感は確信に変わり…あとはそのまま「・・・だよね」の展開に。

『切ない』では言い切れないような、なんともやるせない気持ちを感じる中…目に入ってくるのは露骨すぎるほどのセックスシーン。

ここはとても攻めた表現だなぁと感じました。。。

タイトルはアレだけど…

『メキシコ映画』というものをそれほど大量に観た事があるわけではありませんが、エルネスト・コントレラスという監督はおそらく初めてだと思います。

たしかに単純明快な作品と比べてしまえば「意味わからん」という意見が多くなるのも納得の映画ではありますが、随所に見せる演出のセンスは非常に素晴らしいと感じました。

コピー機から吐き出される紙の印刷が徐々にかすれていく様。そして去っていく息子の姿を繰り返し、薄めていく演出。

すっかり下品な事なんて頭から抜けて、唸ってしまうほどの秀逸さでした。

もっと違うジャンルの映画を味わってみたい監督です。

それにしても…邦題は『不倫する肉体』などという、日活ロマンポルノのようなタイトルにされてしまいましたが、原題の『las oscuras primaveras.』はピナの息子が参加できなかった演劇ともかけてあり、良いタイトルだと思うんですけどねぇ。そのまま『曖昧な春たち』のほうが文学的で良かったのではないかと。。。

…というわけで。

何を期待して観るかによって評価が分かれる映画だと思いますが・・・モヤモヤしたやるせなさ、綺麗ごとでは済ませられない人間の性。そんな部分を味わいたいのであれば、悪くない作品だと思います。

ちょっとイヤーな気分が残りますけどね…。