映画『キリング・グラウンド』エロ無し健全バイオレンスでネタバレ戯言

似たようなタイトルの映画が多々あって紛らわしい『映画/キリング・グラウンド』でネタバレ戯言を(+ちょろっとラストの考察も)。オーストラリア映画という事もあって無名俳優ばかりですが、ヨチヨチ歩きの赤ちゃんと犬が頑張ってイイ演技してますよ!

キリング・グラウンド
(原題:Killing Ground)


2017年 オーストラリア

主なキャスト:
イアン・メドーズ
ハリエット・ダイアー
アーロン・ペターゼン
アーロン・グレナーネ
ティアーニー・カップランド

監督:ダミアン・パワー
脚本:ダミアン・パワー

ネタバレ無しのあらすじ

郊外へとキャンプにやってきたイアン(イアン・メドーズ)とサム(ハリエット・ダイアー)。

静かな森でテントを張る事に決めた二人だが、そこには先客が。…しかし何か様子がおかしい。

あれ?おかしいとか言ってるけど、普通にお隣は家族連れでキャンプを楽しんでるじゃん。どういうこと?

…ああ!そういうことか!

・・・と、話の流れがわかってからが本番の時間軸まぜこぜ型スリラー。

注!)この予告編はちょっと「見せすぎ」です。未鑑賞の方は見ないほうが作品を楽しめるかと…。

胸糞連発。でもソフト。

胸クソ映画は数あれど、本作もなかなかの胸糞パワーを誇っておりますなぁ。

奥深く哲学のある胸クソならば味わい深さに繋がったりもするのですが、この映画の胸クソは『直球型胸クソ(連発式)』

「女がいた、ヤッちまおうぜー」
「ふぅ、スッキリした。殺して遊ぼうぜー」
「じゃあねバイバーイ」

…と、浅はかな本能のままに生きるクソ男コンビが筆頭胸クソ主。心地良いくらいにわかりやすい悪党です。

しかし意外なことに、見ていて気分が悪くなるような陵辱シーンの描写はほぼ無し。

本当であれば『父親の目の前で、妻と娘を弄ぶ』という破壊力バツグンのプレイを楽しめるはずなのですが、残念ながらお尻丸出しで転がっている女性の姿から想像するしかありません。しかもカメラがかなり遠い…。

おいおい!この手のB級バイオレンス映画は、エロがあってなんぼだろ!!

…と憤りを感じる諸兄もおられる事でしょう。ええ、わかりますぞ。

しかし残念ながらその後のおかわりプレイも無し、メインキャラのサムを脱がせる事も無し、おっぱい無し、パンツ姿無し。いたって健全なバイオレンス作品です(笑)


ここからネタバレを含むよ!!

悪人vsヘタレ

わりと早い段階で気づくことができるものの、最初は「ん?」と思ってしまう時間軸の混在

「隣のテントの様子が変」から、そのテントに泊まった家族連れに何があったのかを同時進行で描いていく形になっているのですな。

決して目新しい手法ではありませんが、これがなかなか面白い。車に戻ろうとするサムの後ろをヨタヨタと子供が歩いてくるシーンはホラーばりに気持ち悪かったです(笑)

そして肝心のストーリーのほうはというと、そちらも途中までは実にありきたり。

「田舎でバカンスを楽しもう!」
 ↓
「現地の人間に襲われる」

という王道とも言えるパターン。どうしてこう郊外には変態やらサイコさんやら低脳な悪党が多いのでしょう。

しかしこの映画はそこからがちょっと違う。王道の流れならば、

「犯されたり殺されたりして登場人物が減る」
 ↓
「一瞬の隙をついて反撃!」
 ↓
「ボロボロになりながら生存」

のパターンでくるところを、本作の主人公イアンはなんと…

彼女がヤバい事になっているのに、心が折れて助けられない。ついでに赤ちゃんも助けない。

…という、超ヘタレキャラ。そういやこの人、プロポーズも彼女のほうからされていたもんね…。ホント情けねぇなぁ。

やはりこういった屁理屈では解決できない状況になると、医者や弁護士などお勉強タイプの人間は役立たずを露呈しますなぁ。こんなこと言うとそっち系の方は「いや、彼の判断は正しい。なぜならば…」と屁理屈で反論してくるんでしょうけどね。

「目の前で起きているレイプを止めるには、言葉ではなく暴力が必要」って言葉を残した人、誰でしたっけ…。

赤ちゃんどうなった!?

本作影の主人公とも言えるオリー(幼児)。まだ言葉もロクに話せない年齢でありながら、体当たりの演技で物語を盛り上げてくれる素晴らしい子役です。まぁ本人はよくわかってないんでしょうけど。

すでに弱った状態なのに「うおりゃっ!」と地面に叩きつけられても死なず。ここ、赤ちゃん愛護主義者には激しく胸糞のシーンだったでしょうなぁ。

…で、てっきりイアンが保護してくれていると思ったオリーはなんと置き去りで、最後まで救いは無し。

犬が寄り添ってくれていたので、翌朝の捜索まで頑張ってくれれば助かりそうな気もしますが…。

ラストの考察と戯言感想

最終的には『アレもコレも、何から何までサムが頑張って一件落着』となったこの映画、最後は実に含みのあるラストシーンとなっています。

果たしてサムはイアンと見つめ合って何を想うのか…。

「目を覚まし、イアンの部屋を見つけた」の時点では安堵の表情を浮かべていますので、「あんなヤツあのまま死にゃいいんだよ!」とは思っていない様子。やはり生きててくれた事は嬉しいのでしょう。

しかし「イアンも目を覚まし、見つめ合う」のシーンは…なんとも理解に迷う表情。

『生きてて良かったけど、もう愛せない』という顔にも見えますし、『あんな人だったけど、やっぱり愛してる』と半ば諦めぎみに許す表情に見えなくもない。

鑑賞した方、どちらだと思いました?私は…前者ですかねぇ。

日本でも大震災が起こった後に震災離婚する夫婦が数多くいたらしいじゃないですか。震災という非日常によってその人の本質が露呈してしまい、将来が不安になって離婚…という。

私も某大震災を経験しましたが・・・ああいう時ってホント、その人の持っている性分が露骨に出るんですよね。あー、この人はこんなにダメな人間だったのか…とか。その逆もありますけど。

…と、いう事でサムがどっちを選ぶのかは神のみぞ知るわけですが、仮に結婚したとしても上手くいくのは難しいでしょうなぁ。イケメンで優しくて収入もあるでしょうが、いざとなったら女のために奮起もできないヘタレですから…。

まぁ「そんなトコも良いところ」と思ってくれる、心優しい女性に巡り会えることを祈ります…。