有名なテリー・ギリアム監督作品ということ、そして素晴らしい俳優であったヒース・レジャーの遺作としても有名な「映画/Dr.パルナサスの鏡」、ネタバレとラストの独自解釈を含みますのでご注意を。
かなりワンダーかつカオスな空気が漂う作品ですので…細かい解釈も、物語に込められたメッセージも、観る人によって大きく分かれる映画でもあります。
それゆえ感想記事を書くのも難しい映画です。。。
Dr.パルナサスの鏡
(原題:The Imaginarium of Doctor Parnassus)
2009年 イギリス・カナダ合作
主なキャスト:
ヒース・レジャー
クリストファー・プラマー
トム・ウェイツ
リリー・コール
アンドリュー・ガーフィールド
ジョニー・デップ
ジュード・ロウ
コリン・ファレル
監督:テリー・ギリアム
脚本:テリー・ギリアム、チャールズ・マッケオン
ネタバレ無しのあらすじ
パルナサス博士(クリストファー・プラマー)率いる旅芸人の一座は「パルナサス博士のイマジナリウム」と称した公演を行いながら各地を巡っていた。それは「鏡の中に入ると自らの欲望の世界につながっている」という不思議なもの。
しかし遠い昔に悪魔と賭けをし不死の命を手に入れていたパルナサス博士は、その代償として「娘が16歳になった時、悪魔に差し出す」という契約をしてしまっていた。
娘のヴァレンティナ(リリー・コール)の16歳の誕生日が目前に迫る中、一座は橋に吊るされた一人の男トニー(ヒース・レジャー)を発見し、その命を救う。
助られれたトニーはパルナサス一座の一員となり、その商才を発揮して興行を繁盛させていくが・・・パルナサス博士は悪魔から新たな賭けを持ち掛けられるのだった。
・・・といった内容の作品。
ヒース・レジャー
この映画の撮影中に急逝してしまったヒース・レジャー。本当に素晴らしい俳優でした。
生前すでに撮り終えていた「映画/ダークナイト」の公開が死後になった事もあり、その話題性から同作品で彼の事を初めて知ったという方も多いようです。
そういった方にはぜひ「映画/ブロークバック・マウンテン」も観ていただきたい。設定的にちょっと見る人を選ぶ映画(同性愛)ではありますが、映画好きならば観て損はないと思います。
この「映画/パルナサスの鏡」、鏡の中のシーン以外は生前に撮り終えていたものの、後半に彼が鏡の中に入るシーンはまだ撮影していなかったため…「ジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレル」の三人が担当しています。
なお、三人はこの映画の出演料全額をヒース・レジャーの娘マチルダ(当時二歳)に寄贈したそうです。
キャストで戯言
さてさてこの「三人の代役」ですが・・・当初はジョニー・デップのみだったものの、彼が同時に撮影している作品スケジュールの関係上、一人ではこなせないために三人となったそうな。
なお、テリー・ギリアム監督がヒース・レジャーの代役を探している…という情報を知ったトム・クルーズが自ら代役を申し出たものの、「本当に彼のことを理解している友人に演じてもらいたい」と断られたそうで…哀れ(涙)
彼の死によって「鏡の中のトニーは別俳優でいく」となってしまったわけですが、作品序盤に鏡の中に入った酔っ払いの顔が変わったのも、そのへんの都合で撮り直したものなのでしょうね。
ということで三人の代役、鑑賞後の感想では「わりと問題なく受け入れられた」という意見が多く見受けられます。
私としても、ジョニー・デップはすんなり違和感なく受け入れることができました。
ジュード・ロウと聞いた時には「いやいや、おでこ!!おでこがM字ハゲだけど大丈夫!?」と心配になりましたが・・・まぁ・・・M字でしたね(笑)とはいえ彼も名俳優ですし大丈夫でした。
しかしコリン・ファレルだけが・・・。
ファンも多い俳優なのであまりアレコレ言いたくないのですが・・・個人的には勘弁して欲しかったですなぁ。
下品でイモ臭いというか…田舎臭いというか…ひどく劣化したブラッド・ピットっぽいというか…とにかくダメなんです。
いえいえ、あくまでも私個人の好みの問題ですよ。趣味のおかしい変人の戯言ですから、好きという方の意見を否定する気はありません。
娘役のリリー・コールはなかなか良かったですね。正統派美人の顔立ちではありませんがファニーで可愛いらしい雰囲気。その顔にアンバランスなセクシーボディ。悪魔が欲しがるのもわかります。もらえるもんなら私も欲しいくらいですもの。

ここからネタバレを含むよ!!
ネタバレ含む解釈
その不思議な世界観と設定、理解に苦しむような演出、とにかく謎が謎を呼ぶ映画ですが…そもそもこの作品はすべての事柄を屁理屈こねて考察するような映画ではないかと。
映画全体に漂う空気というか、ファンタジー感を楽しめればそれで良いのではないかと思うのです。
それでも「なんかモヤモヤして寝れないよ!アレはなんだったの!?コレの意味は!?」という、知りたがリータのために・・・ちょこっとだけ個人的な見解を垂れ流させて下さい。
あくまでも私個人の解釈です。「そりゃ違う!」と思う方や「屁理屈こねんな!」と感じる方はオヤツでも食べてて下さい。ハッピーターンとか良いと思いますよ。
パイプ?笛?
トニーが橋の下から助けられた際に吐き出したパイプ状のもの。その後アントンがピロピロ吹いていましたので、笛の一種のようです。
なんでアレを飲むの?と理解できなかった人は少ないかもしれませんが、一応念のために説明しておくと「パイプを喉の部分に入れておくことで、気道がふさがって呼吸ができなくなるのを防ぐ」という小細工です。
最後の最後でも同様の意味合いで使われたアイテムですね。
呼吸ができても頸動脈が締まったら死ぬよ!というツッコミはやめましょう。ファンタジーですから(笑)
頭のマークは?
悪魔も「なんの意味があるのかわからん」と言っていた、トニーの額に書かれた印。
そのまま「なんの意味もない」としても良いかと思うのですが、なにかしらの理由や意味を見出したい方のために屁理屈をひねり出しますと・・・
トニーの出現を暗示していた「ハングドマン」のカード。あれはタロットカードの1枚で、「吊られた男・裏切り者・反逆者」といった意味合いを持っています。これは単純に「橋に吊るされていた」というだけでなく、トニーの行動・性格を暗示していたという事ですね。
そしてハングドマンのカードは裏切りの代名詞でもあるユダを意味する場合もあります。
ユダは裏切り者として額に烙印を押された事から、マフィアなどが裏切り者を処刑する際には額に印をつけて吊るしたり晒したりする事があるそうで。
トニーもその印を付けられ、橋から吊るされていたのでしょう。
鏡の中の世界で再びその印が浮き上がってきたのは『隠していた彼の本性が露呈してきた』ということも表しているのかもしれません。
5人目が娘ではダメなの?
ここは疑問に感じた方も多く、そして人によってさまざまな解釈がされている部分です。
「先に5人ゲットしたほうが勝ちだぜ」のルールで始まった、パルナサス博士と悪魔の賭け。
互いに4人獲得し、最後の1人がヴァレンティナとなってしまいました。
「娘が欲しかったんだから、最後の1人として娘ゲットしたら悪魔も嬉しいのでは?」という疑問が沸いてきそうですが、作中で悪魔本人が言っている通り、娘はあくまでも5人獲得した勝者への賞品。
「先に路上で5人ナンパ成功したほうがロシア美人とデートできる!」という賭けで、最後の1人にロシア美人をナンパ成功して5人達成!…では賭けの意味が薄くなってしまいますし。
私としてはこの悪魔は本気でパルナサス博士と勝負を競いたいわけではない気がします。長い時を生きる彼ならではの道楽なのでしょう。
パルナサス博士が本気で悩んだり苦しんだり、右往左往したり・・・そういう姿を見るのが面白いのではないでしょうか。
初めて会った時に「こいつはイジりがいのある、面白いヤツだ」とパルナサス博士(当時は僧侶)に目を付け、できるだけ彼が苦しむ形で賭けを持ち掛け、楽しむ。
映画ではこういった悪魔像がよく描かれますよね。純粋に面白半分で人間を苦しめるようなキャラが。
娘は生きてる?
物語のラスト、パルナサス博士が後を追うと、それはもう幸せそうにしているヴァレンティナの姿がありました。
「ヴァレンティナは地獄に堕ちたのだから、これは彼女の生まれ変わりである」という解釈をした方もいるようです。ほほう、なるほど。
私個人としての解釈は・・・
- ヴァレンティナはあくまでも賞品だからノーカウント。トニーが5人目。
- 最終的に自ら首を吊る・・という行動が善とカウントされて、パルナサス博士の勝ち。
(本人にその気はなく、パイプの小細工で生き残ろうとしていたが…それは博士の頭脳プレイという事で) - 博士の勝ちなので娘は返された。
(パルナサス博士に直接返されたのではない様子)
ということで、娘は本人であると思いました。アントンと一緒ですし。そしてそこに・・・
- しかし「娘と引き換え」で死を与える約束だったので、博士は不死のまま。
となるのではないかと。
しかし仮に悪魔の勝ちで娘を捧げたとしても、結局のあれこれと翻弄されてパルナサス博士は不死のままにされたような気がするんですよね…。悪魔からすれば博士は「1000年もの長い間、もて遊んできたお気に入りのオモチャ」ですし。
この物語の後も、まだまだ二人でおかしな腐れ縁が続くのではないかな…と。
携帯着信音と余談
上記以外にも考察したらキリのない点が多くありますし、もうちょい書きたいこともあるのですが…あとは全て「ファンタジーですから!」で終わらせておきましょう。
小人のパーシーも不死のようですが、そのへんも全く描かれませんので憶測しかできませんし。
そしてこの映画はエンドロール後、携帯の着信音が鳴るという演出が加えられていました(動画配信サービスなどではカットされている場合あり)
この着信音は作中でトニーが使用していた着信音で、ヒース・レジャー本人も着信音として使用していたそうです。
この演出が『実はトニーは死んでいないということを表している』と解釈した方も多いようです。私は「携帯が鳴る=本人が生きている」とは限りませんのでそうは思いませんが…それもアリかと。
私としてはトニーではなく、ヒース・レジャーがまだ生き続けている・・という意味合いに感じました。もちろん彼が亡くなってしまったのは事実ですが、スクリーンの中、彼を望む私たちの心の中で彼はまだ生きている・・・と。
ついでの余談ですが、映画の途中にいた「めっちゃデカいご婦人」が気になりませんでしか?(笑)
彼女は「映画/スターウォーズ」シリーズにも出演しているグェンドリン・クリスティーという女優さんで、身長191cmもあるそうですよ。
デカいなぁ・・・。私は自分より背の高い女性に直接会ったことがないので、ぜひ一度間近で見てみたいものです。
ではでは・・ちょっと長くなりましたが、最後に

名優ヒース・レジャーに謹んで哀悼の意を表します。
彼の映画にかける情熱が、多くの方の心に残り続けますように・・・。