映画『サイレント・ハウス』ワンカットおっぱいミステリー(ネタバレ含)

注)当記事は『映画/サイレント・ハウス』のネタバレ・結末を含みます。未鑑賞の方はご注意下さい

これまた作品内容とは関係ない話になりそうな1本を持ってきてしまいました。『映画/サイレント・ハウス』です。

肝心のストーリーやオチに関してはちょっとアレですが、もはやスリラーでもサスペンスでもなく『ワンカット・オッパイ・ミステリー』という新たなジャンルを構築している映画です(笑)

サイレント・ハウス


2011年 アメリカ

主なキャスト:
エリザベス・オルセン
アダム・トレーズ
エリック・シェファー・スティーブンス
ジュリア・チャン
ヘイリー・マーフィ

監督:クリス・ケンティス、ローラ・ラウ
脚本:ローラ・ラウ

2010年ウルグアイ映画『SHOT/ショット』のリメイク

ネタバレ無しのあらすじ

父、叔父と共に湖畔の別荘を訪れたサラ(エリザベス・オルセン)

しかし家からは不気味な音が鳴り響き、不穏な空気が…。

サラはその家の雰囲気に怯え、やがて何者かによって父が襲われてしまう。

息つく間もない恐怖に追いつめられるサラ。

果たしてこの家にはいったい何が…

そしてなぜそんなにおっぱいばかり強調するのか…

・・・といった内容の作品。

エリザベス・オルセンの胸の谷間

本作品はとにかく「エリザベス・オルセンが好きならば、それだけで見る価値あり」の映画です。

逆に言ってしまえば「エリザベス・オルセンが好きではないならば、もはや見る価値なし」といっても過言ではありません(笑)

寒々しい空気の映像から始まるこの映画。サラは上着を着てマフラーも巻いているのに・・・

なんでそんなに胸元開いてんの?寒いの?暑いの?

といった服装の時点で「これはもしや・・・おっぱい映画か?」という疑念が渦巻くこと請け合い。

その後上着とマフラーを脱いだら・・・さぁ!おっぱいワールドへ突入ですぞ。胸元が開いた薄手の白いシャツの上に、軽く羽織っただけという「おっぱいを見てなんぼ」といった服装で、カメラは胸の谷間ガン見のアングルが続き、頻繁に四つん這いになってぶるんぶるんさせてくれます。

そう、この映画は『エリザベス・オルセンのおっぱい』を堪能するための映画です。

もうアレです。『映画/P2』の記事で延々と「レイチェル・ニコルズの胸の谷間」と打ち続けた事を思い出します(笑)

おっぱい大好き!でもエリザベス・オルセンはちょっと…というならば、こっちでどうだ!?

全編ワンカット

この映画の最大の特徴は・・・もちろんエリザベル・オルセンのおっぱいですが、その次くらいに挙げられる特徴として『全編ワンカット』ということがあります。

開始から終了まで、カメラは一度たりとも止まりません(厳密には編集によって一ヵ所止まっている部分があるそうです)。

知らずに見ると「なんかPOVっぽくて見づらいカメラワークだな・・・」と感じてしまいますが、ワンカットであるという事を意識して見ると、映画内容とは別の部分で「すげぇっ」と思うポイントが多々あったりもするわけです。

ここからネタバレを含むよ!!

ベタなのに独創的

『おっぱい』と『全編ワンカット』に関してはアレコレと盛り上がって話の出来る作品ですが、肝心の映画内容に関してはあまりイジるところがないのが、この映画の悲しいところ。

いちおうどんでん返しタイプではありますし、さりげなく散りばめられた伏線も多々あるので考察する点は多いのですが・・・やはり「ちょっとベタすぎるオチ」が残念なところではあります。

10年前だったら驚愕の展開と感じたのかもしれませんが、「犯人は自分でした」の多重人格モノは、もう手垢がつきすぎて鑑賞する側としてもちょっと…。

ワンカットならではの工夫

この映画はワンカット撮影ですので、継ぎ目のない映像が約80分続きます。

流れるように延々とサラを追うような形で撮り続けられる映像はたしかにスゴいのですが・・・序盤は「ワンカットである必要性…ある?」といった感覚も。

ダラダラと続くだけで臨場感も薄く、ただ単にブレとアングルが見づらいだけの作品になってしまっている気がします。

しかし、後半はワンカットならではの演出が目白押し。「どうやって撮った!?」と思うようなカメラワークもあり、カメラの動きを考えながら見ると非常に面白いです。

個人的に「おおっ!!」と思ったのはサラがピーター叔父さんの車に乗り込むシーン。助手席のドアを開けて車に乗るサラを、カメラは後ろから追ってそのまま車内まで滑らかに繋がります。

ここ、後部座席の窓が不自然に空いてるんですよね。

つまり…サラを追って走ってきたカメラマンAから、後部座席に潜んでいるカメラマンBにカメラを渡しているんです。

すごいなーと感心しましたが、こういうワンカットならではの工夫は『映画のストーリー』とは関係ない面白さですので・・・。評価としては別モノになってしまいますな。

全てがシームレス

そこを意識して作られているのかどうかわかりませんが・・・映像が継ぎ目なく作られているのと同時に、作品の内容も「現実」と「妄想」の継ぎ目がありません。

結局のところサラの多重人格性であり、過去の記憶であり、妄想であるのですが・・・どこからどこまでが「現実」の部分で、どこが「サラの過去の記憶」を追従しているもので、どこが「サラの妄想」であるかが明確に分かれていません。

この「カメラワークという意味での映像」だけではなく、「現実と虚構を描く映像」までもがワンカットであるという所が、この映画の最大の面白さではないかと。

あ、訂正します。最大ではありません。最大は『エリザベス・オルセンのおっぱい』です。

映画自体は微妙…

とにかく純粋にスリラー・ミステリー作品として見れば、中の下…いや、下の上…といった感じの『映画/サイレント・ハウス』ですが、全く別の観点から見てみると評価の変わる作品でもあり。

ここはどうやって撮影したのだろう?といった風に、カメラマンの位置とカメラの向きを考えながら見るのが非常に面白い。

そしてその合間に『エリザベス・オルセンのおっぱい』を堪能するのがこの映画を鑑賞するうえでのマナーです。

いや、逆ですね。

ただひたすらに『エリザベス・オルセンのおっぱい』を追いながら、たまに『撮影技法の事を考える』

それがこの映画を鑑賞するマナーです。紳士のたしなみです。

それにしても彼女、なんかこういう変な作品が多いですよね…。『映画/マーサ、あるいはマーシー・メイ』とか…。あれもなんとも言えない映画でした。そしてしっかり『エリザベス・オルセンのおっぱい』が堪能できる映画でもありました。

さてさて・・・

『レイチェル・ニコルズの胸の谷間』の時と同じように、これだけ『エリザベス・オルセンのおっぱい』を連発したおかげで、「エリザ…」まで打っただけで『エリザベス・オルセンのおっぱい』まで予測変換してくれるようになりました。

ホント、便利な世の中ですねぇ(笑)