ホアキン・フェニックス主演の『映画/ビューティフル・デイ』、カンヌ国際映画祭では長時間のスタンディングオベーションを受けるなど、非常に評価の高い芸術映画です。あらすじ&ネタバレも含みますのでご注意下さい。
ビューティフル・デイ
(原題:You Were Never Really Here)
2017年 アメリカ・イギリス・フランス
主なキャスト:
ホアキン・フェニックス
エカテリーナ・サムソノフ
ジュディス・ロバーツ
監督:リン・ラムジー
脚本:リン・ラムジー
ネタバレ無しのあらすじ
軍人、FBI捜査官などを経た末、PTSDに悩まされながら非合法な仕事を請け負う事で生計を立てる男、ジョー(ホアキン・フェニックス)。
その彼の元に舞い込んできたのは「上院議員の娘を売春施設から救出して欲しい」という依頼。
淡々と仕事をこなし少女ニーナ(エカテリーナ・サムソノフ)奪還に成功したジョーだが、待ち合わせの場にやってきたのは議員ではなく謎の男達。そして抵抗する間もなくニーナは連れ去られてしまう。
ジョーに関わっていた人間が次々と殺害されていく中、真実を知ったジョーは再びニーナの救出へと向かうのだが…
・・・といった感じに軽くまとめて良いのか、ちょっと迷うような作品。
キャストで戯言
主演は今や飛ぶ鳥落とす勢いのホアキン・フェニックス。
やはり『映画/ジョーカー』で彼に注目した方が多く、そちらを見てからこの映画に辿り着いた方も少なくないようです。『映画/サイン』で元気良くバットを振り回していた彼がここまで存在感のある俳優になるとは思いませんでした。
そして攫われる少女役にエカテリーナ・サムソノフ。出演作品はまだ少ないですが、儚げな雰囲気が非常に魅力的な少女です。こりゃ将来に期待ですな。
なお作品中に流れる魅力的な音楽を手掛けているのは『レディオヘッド』のジョニー・グリーンウッド。彼を起用するというセンスが素晴らしいうえに、リン・ラムジー監督は「本作においては音楽も登場キャラクターの一人である」とまで発言しています。ほほう、言うねぇ。
まず初めに…
本作品を未鑑賞の方は、一切余計な情報を入れずに観る事を強くオススメします。
自分の目と感性で雰囲気を味わい、自分なりの結論に辿り着いたうえで…他の方の感想や細かい部分の考察などを読むのがよろしいかと。
本作もはや『エンターテイメントとしての映画』ではなく『映像芸術作品』ですので、100人鑑賞すれば100の感想と100の考察、合わない人には全く合わないないがツボにハマる人には無限の可能性が広がる…といった作品です。
考察系ブログや感想コメントなどを見ても、とにかく人によって解釈が異なっていますので…私の感想もまた、今この記事を読んでいるあなたとは異なっているかもしれません。
あくまでも一個人の感想としてお楽しみ下さい
ここからネタバレを含むよ!!
耳ではなく目と頭で…
とにかく余計なセリフや説明を極限まで排除した脚本になっていますので…理解力が足りなかったり、ベタな日本作品に慣れすぎていると「え?どういう事?ハッキリしてよ!」と言いたくなる事が多数。
ジョーが元軍人だという部分に関しても時折フラッシュバックする彼の記憶から推察する必要がありますし、元FBIで少女の人身売買の捜査に関わっていた(少女達を救えなかった過去がある)という事に至ってはさらにわかりづらい。
ニーナがなぜ少女売春施設にいるのかも「実は上院議員(父)自身がやった事」と具体的な説明はされませんし、警察組織が絡んでいる事に関しても露骨には表現していません。とにかく全て「言葉やセリフ」ではなく「映像と演出」から汲み取っていく必要があります。
しかし決して不親切でも謎だらけでもなく、しっかりと表現してくれていますので「斬新」と「意味不明」をはき違えた自己満足映画とは違います。見る人によってはそう感じるかもしれませんけど…。
陳腐なQ&A
こういった作品に対し、低俗なネタバレや考察を垂れ流すのは野暮というもの。しかしドコを見ても抽象的すぎる感想や小難しい用語を駆使した考察ばかりですので…1ヵ所くらい「趣味で映画を楽しむ一般庶民」向けの考察があったっていいじゃないですか。そしてそういう白い目で見られる行為は「映画で戯言三昧」の得意技。
ピカソの絵画を見て「小学生が書いた絵みたいだよね?」と言ったり、ダビデ像を見て「なんでチン〇丸出しなの?」とか言ったりするのは私の役目です。
…という事で『芸術的なのは置いといて、アレはどうなってるのよ』をQ&A形式で並べてみましょう。もちろんあくまでも私の個人的な見解による答えですので、これが正しい!というものではありません。あなたが答えを見つけるヒントの1つとして、菓子でも喰いながら流し読みして下さい。
- ジョーは元軍人?FBI??
- フラッシュバックでも明確に「軍服を着て銃を構えて…」といった描写はありませんが、やはりジョーは元軍人。そしてFBI経験もあり。作品中でも「少女達を救出しようとしたが、コンテナ内に詰め込まれて死んでいた」といった映像が一瞬だけ挟まれています。
この「彼女たちを救えなかった」という経験が彼を苦しめる要因の1つでもあり、ニーナ救出に固執する理由ともなっています。
- 「俺を待たせるな!」で殴られる人は?
- どうやら薬の売人らしいです。
- ニーナ引き渡し場所のホテルに現れたのは偽警官?
- 本物の警官。そしてジョー宅にて母親を殺害しジョーに返り討ちに遭ったのも私服刑事。州知事の権力によるものです。大人って汚い…。
- ヴォット上院議員はなぜ自殺?
- ニーナを売春宿に売り渡したのが他でもない上院議員本人。自らの出世のため…と思われますが、それを悔いてかジョーに救出を依頼します。しかし彼がニーナ奪還を指示した(裏切った)という事が州知事にも知れてしまい、進退窮まって自殺…と考えて良いかと。もちろん自責の念で自殺という可能性も無くはないです。報復として自殺を装って殺害された…というのは、目撃証言からも違うのではないかと(それすら隠蔽工作の可能性は否定できませんが)。
さらに細かい部分を挙げればキリがありませんし、「映画の本質に関わる部分」に関してはQ&Aなどで答えを出せるものではありませんので…これくらいでご勘弁下さい。
原題から考える
この映画の邦題『ビューティフル・デイ』は作品終盤のセリフからとられています。またクソ邦題かっ!とも思いますし、なかなか良い邦題だ!とも思えますし…このへんも人それぞれかと。
そして原題は『You Were Never Really Here』、直訳すると「あなたは本当はココにいなかった」となりますが、意訳すると「あなたは最初からココにいなかった」とも。さらに『You』は単純に「あなた」という意味だけではなく「あなたたち」と複数形で考える事もできます。
ここがアレですよ、100人いれば100の解釈があるという極みです。この原題をどう捉えるかによってこの映画の解釈やネタバレが変わってきてしまいますから。
単純に「彼らが幼少時代のトラウマに囚われ続けている」という事を表現しているかもしれませんし、受け入れがたい現実に対し「我ここにあらず」という精神状態で心を守ってきた事を表現しているのかもしれません。
息子を虐待する親、自らの出世のために娘を売り渡す父親、権力に抱き込まれ汚職を働く警官、不条理に殺される人間、そういった世界観を描き「あなた(神)など存在しなかった」と、救いのない様を表現したのかもしれません。
そして「彼ら(ジョーとニーナ)は最初からココ(映画で演じられた場面の数々)にはいなかった」という、どんでん返し的な解釈もできます。
冒頭、ジョーは仕事を済ませてタクシーに乗り込み、運転手が歌う部分での『You Were Never Really Here』のタイトルが出ます。すなわちここにジョーは本当はいなかった。タクシーになど乗っていなかった、と。
そして終幕、ダイナーで話す彼らの姿が消え、エンドクレジットが流れて再び『You Were Never Really Here』、全ては虚構であった…と。
さらにさらに、全てが「ジョーの妄想であった」という答えだったとしても納得できる部分が多々あります。
「これは絶対にこういう意味だ!」と自信満々で主張できる方は良いのですが、正直私は様々な解釈のどれが正しいのか決める事ができませんでした。
そこに何を望むか
…というわけで。
また今回もこの手の映画のお決まりの逃げ文句、『解釈は人それぞれで良いのでは?』に着地してしまう事に。
いやホント、映画ってそういうもので良いと思うんです。全ての鑑賞者に同一の答えを強要する必要などないでしょう。
「真実はいつもひとつ!!」と、中身が大人のメガネっ子が言っていま・・・ってコレ、前回記事でも書きましたね(汗)
最後の最後に、この『映画/ビューティフル・デイ』に対する超個人的な意見を言わせてもらうとすれば…
「映画は娯楽だ」とするならば、やってはいけない反則。しかし「映画は芸術だ」とするならば、素晴らしすぎる名作。
…という印象でした。
大衆作品と芸術作品の共存する世界ってのは難しいんですよね、そこに明確な住み分けがありませんから。それを見る人がどちらを望んでいるかで評価は両極端になったりもしますし。
よし、ここで「映画で戯言三昧」らしい例えをぶっ込んでみましょう。
私は生々しいリアル感がウリの「素人ナンパもの」が大好きなのですが、親しい友人は美しく完成された「美人女優の単体モノ」が大好きなんです。若かりし頃は酒を飲みながら、互いのジャンルの素晴らしさについて激論を交わしたものです。
そう、どっちがエロいとか、どっちがヌケるとか、答えの出る問題じゃないんです。結局はその人がAVに何を望むかなんですよ。
…などと、カンヌ国際映画祭で男優賞と脚本賞をダブル受賞した映画に対して失礼極まりない話でシメです。いやぁ、いつもの事ながらひどいもんですな。。。