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どっちに転んでも鬱になりそうなダウナー系パラレルワールドへようこそ!…な映画、『シャドウズ・ゲート』でネタバレ含む考察と戯言感想を。果たしてどちらの世界が現実なのか・・・。

まぁどちらに転んでもバッドエンドなんですけど(汗)

シャドウズ・ゲート


2010年 カナダ

キャスト:
ライアン・バレット
エミリー・アラタロ
ジェニファー・ポランスキー
サミュエル・ボースタイン

監督:チャド・アーチボルト
脚本:チャド・アーチボルト

ネタバレ無しのあらすじ

不眠症で苦しむ男ジョシュ(ライアン・バレット)は、かつて心から愛した女性ケイト(エミリー・アラタロ)の思い出を引きずりながら、だらしなく不貞な妻メグ(ジェニファー・ポランスキー)と劣悪な環境で暮らしていた。

ある日、医師から処方された睡眠導入剤で久しぶりの眠りについたジョシュが気が付くと、そこは明るい別世界のベッド。しかも傍にはケイトの姿が。

ありえない光景に幸せを感じるも、目が覚めると再びメグとの暗い生活に戻ることに。

こっちじゃない!俺はあっちの世界で暮らしたいんだ!

・・・と、2つの世界を行ったり来たりする内容。

鬱展開注意

最近疲れ気味だし、今日は映画でも見て気晴らしをしようか!

…てな時には絶対に選んではいけない1本。それがこの『映画/シャドウズ・ゲート』

過去の恋人ケイトがめちゃくそ美人だったり、アバズレな妻メグもよく見りゃ結構な美人だったりするものの、物語の展開はどっちを見ても不幸の連続。どこにも救いがないどころか最後の最後でダメ押しのどん底展開をぶっこんでくるなど、とにかく気分をアゲる要素は皆無。

落ち込んでいる時にこんなん見た日にゃ、もう生きているのが嫌になりますぞ。

話としてはいわゆるパラレルワールド系に属しており、『ケイトが死んで、メグと暮らす世界(不眠症)』『ケイトと結ばれている世界(過眠症)』を行ったり来たりしながら進むわけですが、果たしてどちらが現実の世界なのか…というところで見解が分かれるかと。

とりあえずゆるーく考察してみましょ。

2つの世界に注目

まず本作は2つの世界を行ったり来たりする話ですので、わかりやすいよう『ケイトが死んで、メグと暮らす世界(不眠症)』を『黒の世界』、『ケイトと結ばれている世界(過眠症)』を『白の世界』と表記します(あくまでイメージによるもので色に関して他意はありません)。

話としては『片方の世界に行っている間、もう片方の世界では意識が無い状態』という設定で、『時系列な前後はない』というのが大前提の様子。

とりあえずそれぞれの世界を繋げてみると…

黒の世界

①大学時代、結婚を約束したケイトが火事で死亡。犯人はケイトの父親(逮捕)。

②流れでメグと結婚するも、過去に囚われっぱなしのジョシュとはもちろん上手くいかず。

③妻は不貞を繰り返し、自らは職もない。重度の不眠症に苦しんでいる。

④昏睡することで『白の世界』に行けると知り、薬欲しさに薬局を襲ったり、メグの浮気相手を殺したり。

⑤それらの罪で収監され、奇しくも向かいの房はケイトの父親。5年間服役する。

⑥絶望し、獄中で自死。

もうこっちは酷いなんてもんじゃないですな。

どこにも救いはありません。

ではもう1つのほうはというと…

白の世界

①大学時代に結婚を約束し、めでたくケイトとゴールイン。

②両親が火災で死亡。しかし犯人はこれまたケイトの父親(未逮捕)。

③映像作家として幸せな暮らしをしていたが、両親の死をきっかけに昏睡状態に。

④目覚めた後(初めてこちらの世界に来てから)は幸せ。しかし過眠症で、眠ると『黒の世界』に行く。

⑤ケイトの父親の手により、燃え残った実家にて監禁。真実を知らされる。家に火をつけられケイトと共に卒倒。

⑥ケイトは生き残るも、ジョシュは昏睡状態。目を覚ますことなく息を引き取る。

⑦ケイトは絶望し、自ら飛び降りて死を選ぶ。

おいおい、途中までイイ感じだったのに後半はコレかよ。

結局こっちも救いはありませんな。

注)⑥を第3の世界とする解釈は後述。

現実世界を考察

どっちに転んでも結局のところジョシュは死んでしまうわけですが、果たしてどちらの世界が現実だったのか。

そのまま黒の世界側が現実だとしても救いがないだけで問題はありませんし、実は白の世界が現実だったとしても大きな矛盾はありません。

物語として明確に『こちらが真実の世界でした』というオチが付けられていませんので、そこは見る人それぞれの解釈によるかと。

あくまで私個人としては…

ケイトが生きている世界が現実

と解釈しています。

だってそっちのほうがいくらか救いがあるんだもの・・・という心情的な部分もありますが、大きな理由は『黒の世界でジョシュが死亡し、その後、連動して白の世界での死亡が描かれているから』という単純なもの。

さらに細かい理由として、
『獄中で一度も白の世界へ行けなかったのは、そちらの世界でジョシュが目覚めることができなかったから(火事による昏睡状態)』
『冒頭からの黒の世界期間が長いのも、長期間の昏睡状態にあったため』

と解釈。

そして物語の鍵を握る『ケイトの父親』に関しても、黒の世界での『ケイトを奪われるのが嫌だから殺した』はあまりにも浅すぎる。白の世界側の『かつて愛していたジョシュの母親を奪われたから』のほうが自然な感じがしますし、それにより”黒の世界のジョシュ”と”白の世界のケイトの父親”に『どちらも過去に囚われて幸せになれない男』というねじれた共通点が生まれ、物語的に面白味が増すのではないかと。

なお・・・

最後の『ベッドで死亡するジョシュ。それに絶望し、身を投げるケイト』のシーンが第3の世界であり、それこそが現実。
2つの世界はどちらも昏睡状態にあるジョシュの夢であった。

・・・という解釈もあるようなのですが、これは私は否定派。

『ケイトの髪型が違う』といった理由も、あの程度の差ならば単に憔悴を表現しているだけで映画的な演出とは言えませんし、そもそも「じゃあその昏睡に至った経緯は何よ」と。

それが両親の死によるものならば普通に白の世界ルートで済む話ですし、別の何らかの理由ならば映画として成立していません。

超個人的な戯言感想

…というわけで、実にモヤモヤした気分にさせられる映画でしたなぁ。

最初はメグに「ひでぇ女だな、こりゃ」と思いましたが、話を追っておけば彼女だけを責められるもんでもない。結婚してもずーっと過去の女を引きずり、ちょいちょい写真を引っ張り出しては眺めている旦那なんて愛せませんよ、そりゃ。

そしてどっちの世界でもケイトの父親はクソ野郎で困ったもの。

というか彼の顔は晩年のアントニオ猪木に見えて仕方ありませんでしたよ…。