映画『ステイ-Stay-』ネタバレ&解説・戯言にできない感想

注!)当記事は『映画/ステイ-Stay』のネタバレ・考察を含んだうえに個人の感想を含みます。未鑑賞の方と、自分と異なる解釈は認められない方はご注意下さい。

さてさて…。某大型掲示板でも「おまえの理解力がない」だの「それは違う。それも見当違い」だの、自分の見解至上主義の人間がムキになる問題作『映画/ステイ-Stay-』を持ってきてみました。

こういう作品についてアレコレと書くと必ずどこかから面倒臭い人が湧いてくるので気が重いのですが…個人的に好きな作品なので一応抑えておこうかな、と。

どうぞ気楽に。アホウの戯言として読み流して下さい…。

ステイ-Stay-


2005年 アメリカ

主なキャスト:

ユアン・マクレガー
ライアン・ゴズリング
ナオミ・ワッツ

監督:マーク・フォースター
脚本:ディヴィッド・ベニオフ

ネタバレ無しのあらすじ

精神科医のサム(ユアン・マクレガー)は別の医師から引き継ぐ形で、謎に満ちた若い男性患者ヘンリー(ライアン・ゴズリング)を担当する事に。

ヘンリーの不可解な言動に何かを感じたサムは「21歳の誕生日に自殺する」と予告して行方をくらませた彼を救うため、必死に奔走するのだが…。

…という話のはずが、映画そのものが不可解すぎて鑑賞者の頭は「!?」でいっぱい。

え?どういうこと?…と困惑した末に待つ、衝撃の真実とは…

・・・といった内容の作品。

注)予告編は英語版です

全てはラストに向けて…

サスペンス・ミステリー系作品は『オチ』が全てで、そこに至るまでの物語は『オチを際立たせるための布石』であったりすることが多いですが…本作もわりとそっち系。

しつこいまでに多様される独特なシーン繋ぎ、同じ格好をした通行人、ループする展開、非現実的な映像、それらは全て『驚愕のオチ』へ向けてのうっとおしいまでの演出です。

とにかく評価も感想も真っ二つに分かれほどの独特な作品ですので、論争が起きるのもやむなし。

まず最初に申し上げておきますが、私はこの映画はかなり好きです。「ただのクソオチ」と評されたりするラストの展開も、個人的にはとても味わい深いと感じました。

ユアン・マクレガーライアン・ゴズリングも特に好きではありませんし、ナオミ・ワッツも個人的に「無し」のルックスですが…それでも好きな作品です。

いきなりラストの話に入るよ!
ネタバレを含むので注意!!

全てはヘンリーの…

序盤から「なんか変な映画だな…」という違和感があり、その後おかしな映像演出はどんどんエスカレート。中盤に差し掛かる頃には大半の方が「こりゃ現実の話じゃねぇな…」と察しがつくと思います。

もしやサムとヘンリーは同一人物で「二重人格でした!」というオチなのか…それともサム自身こそが精神疾患を患っており、彼の幻覚が映像化されているのか…

そんなこんなで鑑賞者が必至に「この話の収拾のつけ方」を思案するものの、たどり着くのは…

はい!夢オチでした!!

…に限りなく近い種明かしです。

いやいや、私はこの映画を単なる「夢オチ映画」だとは思っていませんよ。しかしそう感じる方も多いようですし、「夢オチかよ!クソがっつ!」とDVDを夜空へ向かってへブン投げるのも一つの感想だと思います。(レンタルの場合はしっかり拾いに行きましょう)

私だって「それまでのアレとかコレとか、ぜーんぶ無かった事にするような夢オチ」は大嫌いです。リアルスリラーだと思っていたらオカルト心霊オチだった…と同じくらい嫌いです。

しかしこの映画はそういった「説明のつかない事をごまかすための夢オチ」ではなく、しっかり結末ありきで物語が練り上げられていると感じたので…十分にアリです。(あくまでも個人の感想です)

超個人的・戯言感想

交通事故によって生死の境に立たされているヘンリー。その彼を救おうと駆け寄るサムとライラ。周囲に集まる群衆。

それらを登場人物とし、事故によってヘンリーの心に生まれた願い・想い。これを走馬灯と表現するのはちょっと違うと思いますが、そういった『ヘンリーの幻想』がこの映画の大半になります。

こういった言い方は語弊があるかもしれませんが、ざっくり言えば『実在の人物を登場人物とし、脳内で展開させる夢物語』です。

空想が好きな方ならば身に覚えはありまんせんか??ベッドに入り、眠りに落ちるまでのわずかな時間。自分と実在の人物(場合によっては架空のキャラクター)を登場させて、自分の想像の中で繰り広げられる物語に耽る…。私は子供の頃からそういった妄想世界で楽しむのが大好きでした。1つの物語が終わるとシーズン2とか始めてみたり(笑)

そういった妄想ストーリーでは自分が主人公である事が多いですが、脇役として自分が登場するのもありなんですよね。ですから本作が『ヘンリー目線ではなく、サム目線で展開される』という点に違和感はありませんでしたし、そこに特別な意味が存在するとも思いませんでした。

もちろん彼の場合は『自分の意思でストーリーを展開させている』というわけではなく、まさに眠っている間に見る夢のような、潜在意識により作り上げれた物語という事なのでしょう。

罪悪感

ヘンリーの物語で重要な要素に「生きたい」と願う願望があり、その象徴として、倒れるヘンリーに駆け寄り必死に救おうとする(現実の)サムが『ヘンリーを救おうと必死に奔走するサム』として物語に生まれました。

そしてその「生きたい」を打ち消すほどに強い「罪悪感」は物語内での彼の自殺予告などに現れています。壁紙の模様と見まごうほどにびっしりと書かれた『Forgive me』の文字。そこに留守電として残るサムからの「必ず助ける」のメッセージ。彼の中で「生きたい。しかし自分のせいで両親と恋人を事故に巻き込んでしまった。自分だけ生き残るわけにはいかない。でも…」という葛藤を感じます。

最終的に彼は物語をハッピーエンドにする事はできず、現実世界での彼もまた、命が救われる結末にはたどり着けなかった…。

・・・・いやー、深いっ!深すぎてバカな戯言が書けないっ!

…と、私の独りよがりの文章を読んで「何をわかったつもりになって長文書いてるの?ぜんぜん理解力足りてないし見当ハズレだよ?」と思った方もいるでしょう。ええ、いるでしょうとも。

それほどに頭が良いのならば人間性もご立派なのでしょうから…「うん、そう思ったか。良かったね」と広い心で受け止めておいて下さい。そのほうがカッコ良いですよ。

今回も戯言無し…

・・・と、いうわけで。

解釈の自由度が高い作品ですので、考え方によっては腑に落ちなかったり謎が解けない部分があったりするかと思います。

『何事においても明確な答えがないと気が済まない人』には不向きな映画かもしれません。

それをとことん自分の中で追及して答えを導き出すも良し…。モヤッとした部分はそのままで味わうもまた良し…。

その結果、面白いかどうかは別の話ですけどね。少なくとも私は「自分なりの解釈」に辿り着くことができ、「面白い」と感じさせられる映画でした。

それにしても…

どうも最近はバカなノリで気楽に書ける映画を観ていない気が…。そろそろ私の指が下らない単語を打ちたがっているので、次はそういった映画を見ないと禁断症状が起きそうです。

えーと、剣客マンガなどでよくあるアレです、アレ。

「ふっふっふ…我が剣が血を吸いたがっておるわ…」とか、そんな感じです。

「ふっふっふ…我がキーボードが「おっぱい」や「ナイスヒップ」などと入力したがっておるわ…」というわけです。なんでこの映画でシメがこれなんだよ、って感じですが…。