『目が覚めたら箱の中。手元には携帯電話とライター』というキャッチーな設定が興味を引く『映画/リミット』でネタバレ戯言を。なぜか実話ベースという噂がありますが、決してそういう作品ではありません。
一見地味でつまらない、しかし変な後味の残る作品でもあります…。
リミット
2010年 スペイン
キャスト:
ライアン・レイノルズ
監督:ロドリゴ・コルテス
脚本:クリス・スパーリング
ネタバレ無しのあらすじ
妻をアメリカに残し、イラクで民間企業のトラック運転手として働くポール・コンロイ(ライアン・レイノルズ)。
目覚めると彼は古びた棺に閉じ込められ、地中に埋められた状態になっていた。
手元にあるのは『携帯電話』と『ジッポライター』
果たして彼はここから脱出できるのか?
・・・といった滑り出しではあるものの、実際は脱出の話ではない作品。
キャストで戯言
意外に登場人物が多いものの、顔出しするのはCRT社のトラック野郎、ポール・コンロイのみ。すなわちライアン・レイノルズのみ。それ以外はすべて「電話の向こうで声だけ」の出演となります。
(パメラ・ルティという同僚女性は動画で顔出ししており、演じているのはイヴァナ・ミーノ)
約90分間まるまる『狭くて暗い場所でモゾモゾハァハァしながら、時折大騒ぎするライアン・レイノルズ』を見守る映像となっていますので、「うーん、今日はなんとなく狭い場所に入った汚い男が見たい気分だなぁ」といった日にはうってつけの映画となっております。
ついでに一人だけでは寂しいので監督と脚本のお話も。
本作の監督はロドリゴ・コルテス。
その名から分かる通りスペインの方なのですが、有名どころでは『映画/レッド・ライト』の脚本・監督も務めたお方。アレもまぁツッコミどころ満載・設定だけで勝負の映画でしたが、キリアン・マーフィとエリザベス・オルセンのおかげで個人的に大好き映画の1つです。
『映画/リミット』は第82回ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞(アメリカの映画批評団体による賞)にて「インディペンデント映画トップ10」に選出されており、スペイン版アカデミー賞とも呼ばれるゴヤ賞ではなんと最優秀脚本賞を受賞。そんな脚本を担当したのはクリス・スパーリングになります。
ええ、「監督ならばまだしも、脚本家の名前なんて出されても知らねぇよ!」と言いたくなるのもわかります。では『映画/ATM』はどうですか?この手の作品(ややB級寄りのサスペンス・スリラー)が好きな方ならば知っていると思うのですが…。
そう、あの「ツッコミどころだらけで大事な要素を回収しない、クソつまらん映画」の脚本もクリス・スパーリングです。
ちなみに『リミット』は2010年、『ATM』は2012年ですが、脚本は書いた時期と公開時期が大きくズレることも珍しくないので…どっちが先かはわかりません。
実話?
なぜかこの映画を検索しようとすると上位に出てくる『実話』というキーワード。
どういった経緯で本作が「実話を基にした作品」と噂されているのか知りませんが、全くそういう事実はありません。完全な創作です。
ただし、中東地域におけるアメリカ人(に限らず、様々な人種)の誘拐は多数発生していますし、この映画のように武装勢力が政府を相手取って身代金を要求するというケースも珍しくありません。日本も何度かやられています。
決して特定の人物や事件を基にした作品ではありませんが、そういった社会事情を基にしている…という意味で考えれば「実話ベース」と言えないこともないかと。まぁそういう捉え方をしたらアレもコレも実話ベースって事になっちゃうんですけどね(汗)
意外に多いぞ、ヒミツ道具
『邦題を考える人間は頭がどうかしている』『日本国内での宣伝広告もバカ丸出し』というのは洋画好きにとってはもはや定石。本当に映画を見たのか疑わしくなるほどのバカ邦題や見当違い宣伝は世に溢れています。
本作もポスターやパンフレットなどで
- 充電切れ間近の携帯
- オイルの尽きかけたライター
- 残り90分の酸素
…というワードをババーンと掲げて「限られた時間と道具で脱出できるのか!?」といったノリで宣伝していましたが・・・
携帯は約半分、充電残っています。
ライターのオイルも十分すぎるほどあります。
残り酸素の設定なんかありません。
…という嘘800っぷり(笑)
たしかに「携帯の電池を節約しなければ」「ああ、ライターのオイルが…消えた」「落ち着け、酸素がなくなる」などの展開はあるものの、重要なのはそこじゃない。そもそも彼が道具を駆使して脱出するような話ではありません。
ついでにポールを生き埋めにした犯人はなんとも気が利くヤツで、棺に入っていたのは携帯とライターだけにあらず。
- 半分くらい充電の残っている携帯
- オイルはかなり入っているライター
- 不自然ほど中身が入っているスキットル
- ペン
- 読めないメモ
- ケミカルライト(複数本)
- 接触の悪い懐中電灯(赤色機能付き)
- ナイフ
(さらに中身だけ抜いて戻された財布がコンロイのポケット。常備薬もあるがどこから出したのかは不明)
…と、こーんなにたくさん道具がありました。
なおヘビも出てきましたが、最初から入っていたのか侵入してきたのかは不明。しかもズボンの中(かなり上のほう)からスルーっと出てくるって…パンツの中にでも入れてたの?
真面目に考察
…といった感じで、ツッコミどころを探してネタにすればいくらでも遊べるこの『映画/リミット』
『キャストで戯言』の項でも紹介しましたが、監督も脚本も「ツッコミだらけ・インパクト重視のザル映画」を世に送り出してきている方々ですので、細かいトコを見たらキリがない。
しかしこの作品はワンシチュエーションサスペンスを楽しむだけではなく、『アメリカ社会への痛烈なまでの皮肉』と『問題に直面している人間に対する、周囲の薄情さ』を暗喩する要素を読み解く事こそ真髄。
切迫した状況で感情が昂ぶるポールと、電話の向こうで他人事のように対応する人間との対比。
政治という大きな流れの中ではほぼ意味をなさない、労働者階級の一人の男の命。
それらをシュールな目線で描き、「すまないポール、許してくれ」というセリフ&絶望的な音楽と共に幕を閉じておきながら・・・不意におちゃらけた音楽に乗せてエンドクレジットを流すという…非常に攻めた作品なのです。
『現実ってこんなもんだよ。この映画を見て「上司も政府も酷いヤツらだ!ポールが可愛そうじゃないか!」とか言ってるあんたも、30分も経てば美味いメシを食ってヘラヘラ笑うんだろ?』
…という監督のメッセージが伝わってくるようです。
ついでに。
あちこちで「現実には存在しない」とか「白人主義を表現している」など、考察の的になっている『マーク・ホワイト』なる人物。
これに関しては私はそこまで理屈をこねくり回した存在ではないと解釈しています。
単にポール同様、誘拐事件に遭ったアメリカ人男性の一人で「証拠に名前を挙げてみろ」とポールに言われた際にとっさに使ったのが彼の名前。
まだ救出されていない人間ですが、おそらく電話をしている最中の手元に書類でもあったのでしょう。「救出された」「大学に戻った」と嘘をついたのはもちろんポールを勇気づけるため…というのもあるでしょうが、「どうせポールは真実を知り得ない」と高を括っていたのも事実かと。
このあたりも「どうせバレないだろう」と国民を軽んじ、嘘を重ねる政府に対する皮肉なのかもしれません。
超個人的な戯言感想
謎解き脱出スリラーのつもりで見れば駄作も駄作。ご都合主義で矛盾点だらけの低予算B級映画で終了~ではあるものの、社会風刺として見れば実に秀逸。
大企業も政府も表面上は一人一人を大事にしつつも、実際のところは自分たちの立場と利益しか考えていない。それをごまかすためにその場しのぎの嘘を重ね、たらい回しにして責任回避…という、我々のまわりに当たり前のように転がっている現実を再認識させ、なおかつ最後も救わない。エグい映画ですよまったく。
本作が複数の賞を受賞したのもそういった面が評価されたということでしょうなぁ。単なる「ハラハラドキドキ!ワンシチュエーションスリラー!」じゃ30点くらいの出来ですもの。特にヘビのくだりとか。
…とはいえ、超個人的な評価としてはやっぱり30点。二度見たいとは思えない映画でした。人に勧めた関係上、結局3回見ましたけどね…(汗)